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長野県栄村に移住して4年目。自給自足の農業をしながら、自然によりそって暮らす生活をつづります。 体験プログラム「ワンライフジャパン」もやってます。


by lalalar
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自分の居場所 

私が今の栄村に移ってきたとき、
いろいろな人にこう説明した

「これまでいろいろな街で暮らしてきたけれど、
これほど自分の居場所だと感じる場所はなかった。
終の棲家だと感じる」、と。

なぜそう思うのか、理由はよくわからなかった。

でも今日、私の敬愛する哲学者・内山節(うちやまたかし)の
新聞連載記事を読んで、はっとした。「それ」だったのだ!


(前略)

たとえどこであれ自分の住んでいる場所が地域である。ところがこの地域は住所表示のようなもので、働き暮らす機能はあっても、本当の「地域」と呼ぶには何かが欠けているのである。それが満たされないかぎり、自分の暮らす場所は「仮の宿」であるという気持ちをぬぐえない。

その欠けているものとは、自分の魂が還る(かえる)場所への納得ではないかと思う。

日本の人々が本当の地域と感じる所、それは生きていくための機能があるだけでは十分ではなく、魂が還る場所としての諒解がえられる場所でもなければならなかった。だから都市で暮らすようになっても、「地域」を感じる所は「ふるさと」の方にあった。

(後略)


自分の魂が還る場所―――

生まれ育った名古屋でも、長年暮らした東京でも、
留学・駐在で暮らした外国のどの町でも、どこにも感じることができなかった
地域への愛着と安心感を、私は栄村に対して感じている。

いまでは死ぬことも何か自然なことに感じられ、
抵抗する気持ちや恐れる気持ちがどんどん薄らいでいっている。

私はここで土になる。なってもいい。なりたい。

そう思うことが与えてくれる生きることへの強い確信が、
放浪し続けてきた私の迷いを断ち切ってくれた。
わたしはもう自分の居場所を探さなくてもよいのだ。
私はここで生きていく、と。
by lalalar | 2008-07-05 14:47 | 雑感いろいろ